このページについて 以下は、複数のよくある相談内容をもとに編集部が再構成した架空の設例です。実際にあった相談事例ではありません。登場する人物・地名は仮のものであり、金額・期間は状況によって大きく異なります。
このモデルケースの結論
父が元気なうちに家族信託契約を結び、実家(土地・建物)を信託財産として長男を受託者にしたモデルケースです。数年後に父の認知症が進行しましたが、信託契約の範囲内であれば家庭裁判所の許可を待たずに受託者が判断できるため、長男は父の施設入居費用にあてるため、契約どおり実家を売却まで進めることができました。
経過(時系列)
選択肢の比較(契約の1〜2か月前)
父の物忘れが目立ちはじめたことをきっかけに、長男・次男・父の3人で今後の実家の扱いについて話し合った。父が判断能力を失った場合の備えとして、成年後見制度と家族信託の2つを比較し、家族信託で実家を管理する方法を参考にしながら、実家の売却まで見据えるなら家族信託のほうが柔軟に対応できると判断した。
専門家への相談・契約書の作成(3か月目)
司法書士に相談し、信託契約の内容を設計した。委託者・受益者を父、受託者を長男とし、「父の生活費・医療費・施設費用にあてるために必要であれば、受託者の判断で実家を売却できる」という条項を盛り込んだ。次男には、信託の内容と将来実家を売却する可能性があることを事前に説明し、了承を得た。
信託契約の締結と信託登記(4か月目)
公正証書で信託契約を締結したうえで、司法書士に依頼して実家の名義を父から長男(受託者)へ変更する信託登記を申請した。登記簿には、信託財産である旨と信託の内容が記録された。
父の判断能力の低下(契約から約4年後)
父の認知症が進行し、医師から日常的な財産管理が難しいと判断された。この時点で父自身が実家を売却する契約を結ぶことはできなくなっていたが、信託契約はすでに効力を持っていたため、実家の管理・処分の判断は長男が受託者として続けられる状態だった。
施設入居と実家の売却(4年3か月目)
父の施設入居が決まり、まとまった入居一時金が必要になった。長男は信託契約の条項に沿って、不動産会社に実家の査定・売却を依頼した。家庭裁判所の許可を得る必要がなかったため、通常の不動産売却と同じ流れで手続きを進められた。
売却代金の管理(4年5か月目)
売却代金は、信託契約に定めたとおり、受益者である父の施設費用・生活費にあてるための信託専用口座で管理した。使途は信託契約の目的(父のための費用)に限られ、長男が私的に流用することはできない仕組みになっている。
このモデルケースのポイント
- 家族信託は、契約時点で本人(父)に判断能力があることが前提。物忘れが目立ちはじめてから急いで契約したため、専門家には早めの相談を強くすすめられた
- 信託契約に「売却の権限」を盛り込んでおいたことで、父の判断能力が低下したあとも、家庭裁判所の許可を待たずに受託者の判断で売却まで進められた
- 売却代金は信託契約の目的(受益者である父のための費用)にしか使えず、私的な流用はできない
- 次男には契約時点で内容を説明し、了承を得ておいたことで、売却後のトラブルを避けられた
このケースでは、判断能力の低下に備えて早めに契約を結んでいたことと、売却の権限をあらかじめ契約に盛り込んでいたことの2点が、実家の管理・売却を止めないための鍵になりました。契約の設計を誤ると、いざというときに売却できない、あるいは他の相続人との間でトラブルになることもあるため、司法書士・弁護士との連携が欠かせません。
手続きと費用の目安(このケースの場合)
| 項目 | 内容・目安 |
|---|---|
| 契約の締結方法 | 公正証書での信託契約(このケース)。私文書でも有効だが、証拠力・信頼性の観点から公正証書化が一般的 |
| 信託登記 | 実家の名義を委託者(父)から受託者(長男)へ変更する登記。信託である旨も登記簿に記録される |
| 契約書作成・登記の費用 | 司法書士・弁護士への報酬と登録免許税。財産の内容や契約の複雑さで金額の幅が大きいため、事前に見積もりを確認する |
| 売却時の手続き | 受託者(長男)が信託契約の範囲内で、通常の不動産売却と同様に進められる |
| 売却代金の管理 | 信託契約の目的に沿って、受益者(父)のための費用にのみ使用する |
信託契約を結ぶ前の実家の管理方法については、実家を売らずに保有・管理する方法もあわせて参考にしてください。
その後どうなったか
父はその後、施設で生活を続けている。実家という不動産を保有し続けていたときにかかっていた固定資産税や空き家の管理の手間がなくなり、長男・次男とも「判断能力が低下する前に手を打っておいてよかった」と感じているという。
父が亡くなった時点で信託契約は終了し、契約で定めた内容に沿って残った信託財産(このケースでは売却代金の残額)の帰属先が決まる。信託財産の帰属についても、他の相続人の遺留分を侵害しないよう配慮した設計にしておく必要があるため、契約時点で司法書士・税理士に確認しておくことが重要になる。
まとめ・次にすること
- 家族信託は、本人の判断能力があるうちに契約しておく必要があり、認知症の進行後では契約できない
- 「売却の権限」を契約にあらかじめ盛り込んでおけば、判断能力の低下後も家庭裁判所の許可を待たずに受託者が売却を進められる
- 売却代金は信託契約の目的の範囲でしか使えず、私的な流用はできない
- 他の相続人への事前説明と、遺留分に配慮した契約設計が、後のトラブルを避ける鍵になる
同じように、親の判断能力の低下に備えて実家の扱いを決めておきたい方は、家族信託で実家を管理する方法もあわせてご覧ください。